(まだ工事中)小生のまいぺーすぶろぐ

2022年の馬券回収率は101%でした。

2年前の秋

去る10月15日は亡き母の誕生日でした。
生きていれば今59歳です。

2年前の母の誕生日に、これが母の最後の誕生日になるかも知れないと思い、誕生日プレゼントを贈ったことを昨日ことののように覚えています。

当時母は子宮頚がんが全身に転移して、治療のしようがなく、治療が打ち切られていました。
そうは言っても、あちこちに体の不調が起きるわけで、対症療法のため、入退院を繰り返していました。
余命少ない母に、プレゼントして使ってもらえるものは何だろう?と考えた末、帽子と洋服を贈りました。抗がん剤治療の影響で母の髪の毛は抜け落ちていたので、帽子をかぶったらどうかということと、これから寒くなる中で少しでも暖かく過ごせるように、カーディガンをプレゼントにしました。

母は俳句教室に通っていたので、それを俳句に残しました。どういう句だったか思い出せませんが、息子から意外にも誕生日プレゼントをもらってちょっとびっくりした、というような内容だったと思います。

当時、小生もうつ病の真っただ中でした。
でもどうすれば母が喜んでくれるか、そればかり考え、また会うたびに病状が悪化していく母を見て、心臓を素手で強く握られたような、心苦しさ、閉塞感、無力感を感じて、気分が落ち込んで行くという毎日の繰り返しでした。それ以外のことは、ほとんど何も考えられませんでした。

母の誕生日前後だったこともあり、最近はそんなことを考えていました。
今でも毎日のように、こんなことを思い出して、ため息をついてばかりです。
母が亡くなってから2年近く経ちますが、悲しみはあまり変わらないような気がしています。
最近は、これはもう一生引きずって行く悲しみで、何をしても忘れることはできないと感じています。

昨日は実家へ行く用があったので、子供を連れて、仏壇の中の母の写真に近況報告をしてきました。
「お久しぶり。みんな元気だよ。ユウトも3歳になったよ。ほら、こんなに大きくなったよ・・・」
それ以上言葉を続けることはできませんでした。

小生のうつ病の回復具合はおそらく他の方に比べて非常に遅いのではないかと思います。
それは、今でも母が亡くなったことを引きずっていて、それがストレッサーになっていることも一因なのだろうと思っています。

なかなか自分の病気も良くならず、日々昔のことを思い出してため息をつき、たまにうつを原因とするアホ行動を行い、また打ちのめされ・・・この2年半、ずっとそんな毎日です。

うつ病を患った人は、なり始めと回復期に自殺が多いとされています。そういう気持ちになることは、小生も非常に良く分かります。
それでも、小生があまり自殺を考えないのは、まだまだ生への渇望がある中で、最期まで懸命に生きた母と、まだまだ幼く、日々新鮮な命の輝きを放っている息子の存在があるからだと思います。
だから、これからも、家族が普通の日常を過ごし、その中にある、ありふれた、しかし貴重な幸せの一瞬を重ねていきたいと思います。

・・・単なる小生の心情吐露になってしまいました。すみません。
そんなつもりではなかったのですが・・・
でも、今日の小生にはそれが必要だったみたいです。
おかげさまでちょっと気持ちが楽になりました。

では今週も、愛し、愛され、必要とされ、必要としている誰かのために、前を向いて頑張っていきましょう。